「失念株(しつねんかぶ)」という言葉があります。
「失念」という言葉がある通り、忘れている株という意味であることは容易に想像できるかと思います。
ただ、何に対して忘れているのかということが鍵となり、正確な理解には欠かせないものとなります。
また、「失念株」の取り扱いについての規定も注意が必要となります。
この記事では、「失念株」の意味と、失念株が生じた場合の対処の取り決めについて、詳しく説明しました。
失念株とは?
失念株を、思いっきり簡潔に定義すると
「名義の書き換えを忘れている株式」
ということになります。
株式会社は、会社法によって、株主および株券に関する事項を整理して明らかにするために、株主名簿を作成が義務づけられています。
特に大きな会社になればなるほど、それだけ数多くの株主がいることになりますよね。
しかも、毎日のように株券の持ち主は変わり、現在の株主が誰なのか?を特定する必要があります。
これを、会社がわざわざ全て調査して把握するとなると、とんでもない大きな労力がかかってしまいます。
そのような面倒な作業を省き、事務処理を簡潔に行うため、会社は株主名簿を作成して、名簿上の記載をもとに形式的・画一的に株主を確定し、その株主に対して必要事項や権利行使の通知をすればよし!とされています。
そして、株券を購入したり、株券を保有している他人から譲り受けたりした者は、名義の書き換えを会社に請求しなければなりません。
このときに、うっかりと名義書換の請求を忘れてしまった場合、その株式が「失念株」と呼ばれるというわけです。
後述しますが、この名義の書き換えをしておかないと、株券を保有していても、会社からは株主と認められず、いろいろと不都合な目に会ってしまいます。
失念株になるとどうなる?
失念株とはどういうものかについては、前項の説明でご理解いただけたと思います。
では、株主名簿の書き換えを請求することを怠り、そのままにしていた場合、どういうことになるのでしょうか?
会社法上、会社は、たとえ株主が交代したとしても、名義書換の請求がないと、名簿上の株主を株主として取り扱えば足りるとされています。
また、前項で少し触れた通り、株式会社が株主に対して通知や催告を行うときは、株主名簿に記載された株主の住所に行えばよし!とされています。
さらに、この場合、会社が通知・催告を株主名簿の情報どおりに行えば、それが現実には到達していないとしても、通常到達すべきときに到達したとみなされます。
とすると、例えば、Aという人物から株券を譲り受けたBという人物がいた場合、もしBが会社に対して株主名簿の書き換えを請求するのを怠ったり、忘れてしまうと、会社はAを従来のまま株主として扱うことになります。
そのため、Bは、株主名簿上Aが株主として記載されている以上、自分が株主であるという主張は許されず、会社に対して、株の配当金を受け取る権利や株主総会における議決権といったものを行使することができないということになります。
よく、会社に「対抗することはできない」という法律用語、表現が使われることがありますが、これは、上述のように、会社に対して権利の主張をすることができないという意味です。
このように、株主名簿の書き換えをしっかりしておかないと、株券を保有したとしても、株主として取り扱ってもらえず、株主としての当たり前の権利を失ってしまうことになるのです。
当事者間の取引はどうなる?
失念株で大きな問題となるのは、名義が書き換えられる前に、会社が剰余金の配当や株式分割を行ったとき、その株式の権利は誰に帰属するのか?というものです。
すなわち、BがAから株を譲り受けたとして、その名義が書き換えられる前に、会社が剰余金の配当や株式分割を行った場合、その株式の権利は、Aのものなのか?それともBのものになるのか?という問題です。
法律的な問題となり、少しややこしい話になりますが…
この問題に関する見解として、有名な最高裁の判例があります。
まず、株を譲り受けたBへの名義書換が完了していない間に、会社が株主割当による新株を発行し、株主名義上の株主である譲渡人のAが引受価格の払い込みをして、その株式を取得した場合、BはAに対して新株の引き渡しを請求することができるか?
この問題に関しては、最高裁判例は、会社は名簿上の株主を権利者として確定しているので、譲渡当事者間においても、譲渡人Aが権利者であり、BはAに対して何も請求できないとしています。(最判昭和35年9月15日)
しかし、この判決に対しては反論が根強く、株主名簿の書き換えが完了していなくても、あくまで譲渡当事者間では、譲受人のBに権利が移転していると考えられるので、Bの請求は認められるべきであるという見解が多くありました。
そのため、最近では、同じような問題となりますが、譲受人のBへの名義書換が完了していない間に、譲渡人のAが会社から配当金や分割株式を受け取った場合は、株式譲渡の当事者であるAB間では、すでに譲渡の効力が生じているので、BはAに不当利得として返還請求することができるとする、最高裁の判決も出てきています。(最判平成19年3月8日)
ただし…
今までダラダラと説明しておいてなんですが、現在、上場している株式会社では、まず上記のような問題は起きません。
2009年1月から「株式振替制度」が導入され、上場会社では、電子データのやりとりだけで、株式の権利関係を整理・確定しているからです。
例えば、Aが株式をBに譲渡する場合、Aは自分の口座のある振替機関に申請をし、この通知を受けた振替機関が、A名義の株式をB名義の振替口座簿に移す(譲渡分を記録する)ことになります。
この仕組みによって、会社に対しても、譲渡当事者間においても、Bが株主として取り扱われるわけです。
そのため、失念株は、現在、上場会社には関係のない問題で、非上場株式についてのみ問題になりえるということになります。