民法では契約以外に権利義務関係が発生するものが規定されており、その1つに事務管理があります。
事務管理は法律用語で、字面だけではその意味は捉えにくいですが、簡単にいうと人助けのようなものです。
とはいえ、もちろん単なる人助けではなく、法律上様々な権利義務が定められています。
事務管理については、民法の条文を読めばそのまま理解できるものが多いと思います。
ですが、細かな規定になると分かりにくいものが出てくることもあるでしょう。
そこで、この記事では、事務管理について具体例をあげながら分かりやすく解説することにしました。
そもそも事務管理とはどういう意味?
事務管理とは、法律上の義務がないにもかかわらず、他人のために事務を管理することをいいます。
他人から頼まれたわけでもなく、事前に契約などを結んだわけでもないのに、その他人の仕事を行うということです。
この説明だけでは分かりにくいかもしれませんが、具体例を思い浮かべると理解しやすいと思います。
例えば、Aのお隣さんのBが旅行していている間に台風が直撃し、Bの家の中が水浸しになってしまったとしましょう。
このとき、AがBのことを案じ、親切心でBの家の中をきれいに掃除したとします。
このAの「Bの家の中を掃除する」という行為が事務管理に相当します。
ここでのポイントは、AB間には事前に契約などはしておらず、Aには法律上「Bの家の中を掃除する」という義務・責任はないことです。
それにも関わらず、Aの掃除をするという行為に法律上の効果を認めるのが事務管理になるということです。
現代においても、人々が共同生活を送る中で、時には他人のために行動することが必要になる場合があります。
他人が不在の間にその財産が危険にさらされている場合、その人の利益のために介入することは人間の社会生活における助け合いの精神にかなっていることでしょう。
このような行為を法的に違法とみなさないため、民法では他人の事務に介入した者がその行為によって生じる法的効果や責任を明確に規定しているというわけです。
これにより、他人の事務に無断で介入する行為が、ある程度許容されると同時に、その行為がもたらす結果に対しても責任を持つことが要求されます。
事務管理の規定は、無断の介入が必要かつ正当な場合に、その行為を法的に保護し、介入した者が適切な行動を取った場合には、その努力が無駄にならないようにするためのものと考えられます。
事務管理の要件は?
事務管理が認められるには、基本的に次の4つの要件を満たす必要があります。
- 他人の事務を管理すること
- 他人のために行う意思があること
- 法律上の義務がないこと
- 他人の意思や利益に適合していること
以上の説明だけでもある程度理解できると思いますが、先ほどの隣人の家を掃除するという例に沿って考えると、より分かりやすくなるでしょう。
まず、①については、そのままの意味です。
AがBの事務を管理するということです。
②は、AがBの利益のために行う意思があるということです。
AはBのことを心配して家の中をきれいにしたのであり、当然Bの利益を図る意思があるのは明らかです。
③については、AとBの間に「非常時に、AはBの家を掃除する」というような契約は事前に取り交わしていません。
Aは親切心から行動を起こしただけです。
したがって、AにはBの家を掃除するという法律上の義務はないということです。
④は少しややこしいかもしれません。
基本的に、Aの行為はBの利益になり、Bの意思にも反していないと言えます。
ただし、民法697条の2項に
管理者は、本人の意思を知っているとき、又はこれを推知することができるときは、その意思に従って事務管理をしなければならない。
と規定されています。
つまり、AはBの意思を無視して、勝手に掃除はできないということです。
例えば、AがBの家を掃除するときに、床の畳まで水浸しになっていたので、カーペットに取り替えたとします。
ところが、Bは自分の家には畳しか敷かないという明確な意向があり、Aもその意思を知っている場合は、勝手に畳からカーペットに変えることはできません。
Bの意思を知っていながら、そういう行為を行うと、事務管理は成立しないというわけです。
事務管理の法律上の効果と権利義務関係はどうなる?
事務管理が成立すると、法律上次に説明するような権利義務関係が生じます。
民法701条では
第六百四十五条から第六百四十七条までの規定は、事務管理について準用する。
と規定されているので、645条~647条の委任関係で生じる義務が事務管理にも適用されるケースがあります。
善良な管理者としての注意義務
民法に明確な規定はありませんが、事務管理者は事務を行うにあたって、善良な管理者としての注意義務を負うと考えられています。
常識的に考えて、他人の事務を扱うときは大きな注意が必要となるので、当然の責任と言えるでしょう。
そのため、善管注意義務を怠って、事務の管理状態がひどくなった場合は、不法行為責任が問われることもあります。
事務管理者の通知義務
事務管理者は、事務管理を始めたことを遅滞なく本人に通知しなければならないという義務を負います。
ただし、本人が既にこれを知っているときは、知らせなくても大丈夫です。
民法699条に記されているとおりです。
事務管理の継続義務
管理者は、本人又はその相続人、もしくは法定代理人が管理をすることができるまで、事務管理を継続しなければいけません。
一度事務管理を始めたならば、最後までやり通す責任があるということです。
ただし、事務管理を継続することが本人の意思に反していたり、本人に不利益であることが明らかなときは、事務管理を途中で止めても問題ありません。
これも、民法700条に規定されているとおりです。
状況報告の義務
管理者は、本人からの請求があるときは、いつでも事務の処理の状況を報告し、事務が終了した後は、遅滞なくその経過と結果を報告しなければいけません。
これは、民法645条の委任に関する規定が事務管理にも適用されるからです。
民法701条で「事務管理について準用する」とある通りです。
受取物の引渡しの義務
管理者は、事務を処理するに当たって受け取った金銭やその他の物を委任者に引き渡さなければいけません。
本人のために自己の名で取得した権利があれば、それも本人に移転する必要があります。
こちらも、民法646条の委任に関する規定が事務管理にも準用されるためです。
金銭の消費についての責任
管理者は、本人に引き渡すべき金銭やその利益のために用いるべき金銭を自分のために消費したときは、その消費した日以後の利息を支払う必要があります。
もし、この時に損害が生じた場合は、その賠償責任も負わなければいけません。
これも、民法647条の委任に関する規定が事務管理にも準用されるためです。
費用の償還請求
事務管理者は、本人のために事務を行っても報酬をもらうことはできません。
ですが、本人のために有益な費用を支出したときは、本人に対してその償還を請求することができます。
また、本人のために必要と認められる債務を負担したときは、本人に対してその弁済をするように請求することができます。
先ほどの隣人の家を掃除した例で、Aが清掃業者に依頼してBの家の中を掃除してもらったとしましょう。
このとき、Aが自分でその代金を支払ったなら、Bにその金額を請求でき、まだ清掃業者に支払っていない場合は、Bが業者に支払うよう請求できるということです。
ただし、管理者が本人の意思に反して事務管理をしたときは、本人が現に利益を受けている限度においてのみ、償還請求できるにすぎません。
以上も、民法702条に規定されている通りです。
緊急事務管理
民法698条には
管理者は、本人の身体、名誉又は財産に対する急迫の危害を免れさせるために事務管理をしたときは、悪意又は重大な過失があるのでなければ、これによって生じた損害を賠償する責任を負わない。
という規定があります。
これは一般に緊急事務管理と呼ばれます。
例えば、台風でAの隣人のBの家にB本人が取り残され、切羽詰まった状態になり、AがBの命を助けるためにBの家に侵入したとしましょう。
このとき、窓を割ってBの家に入ったとしても、Aはその窓の弁償代などは支払わなくてもよいということです。
このように、危険が差し迫っている状況では、事務管理者の注意義務は軽減されています。
まとめ
以上説明したように、事務管理者は法律上様々な義務を負いますが、本人に対して報酬を請求できるというものではありません。
平たく言えば、ボランティアのようなものです。
そのため、管理者にとってはなかなかに厳しい面があるのも事実です。
特に身近な地域での人間関係が希薄になっている現代においては、他人の事務にむやみに干渉するのは賢明ではないという考えがあっても無理はないかもしれません。
人助けはしない方がよいということではありませんが、民法の事務管理の規定を考えると、少なくとも慎重に注意深く行動する必要がありますね。